己が両親、知り合ゐ、若しくは川原乞食や役者など…いとねんごろに息、合っとる“おしどり夫婦(めおと)”りて、結構いるでござるで候のう。何時もお互ゐをば尊敬しありてゐる恋仲、愚痴をば云ゐ合ゐな、らも実は、らぶらぶが恋仲、はにかみな、らお互ゐ面目ないさふに致し候初々しき仲良し恋仲など・・・折々な恭悦至極さふな恋仲、いるでござるのう。
左様ならぶらぶな状態をばきーぷするでござる秘訣は、、「両名が刻限をば必ずこしらえるこであるとじゃ」であると云いるでござる。
メリケンならば、赤子しったーをば活用してよくぞわらしをば預けるこであると、ありんす。其れは、なにゆえや?どんなに小じゃゐわらし、おりきであるとしても、夫婦(めおと)両名が刻限をばこしらえるべく赤子しったーをば利用致し候とでござる。
ひのもとしからばわらし芯が渡世になりわらしにべったりにて、夫婦(めおと)が刻限なぞ取る刻限が無いが、、当たり前であるとなり申しているでござる。
そもそも、わらしをば人様に預けると云ふ習慣、ほであるとんどぬため、まことに外せぬ所用がござる刹那がみ、両親などに預けたり致し候ようであった、、両名が刻限がべくわらしをば預けると云ふこであるとは、、ほであるとんどござらん。
祝言後、わらし、芯が渡世になるこであるとにて、両名が仲柄、ぎくしゃくしてきてしまうこであるとは、、多くが夫婦(めおと)にも当ては、まるこであるとでござる。両名が刻限、無くなり申してしまゐ、旦那様殿が不満、援助交際して不縁(ふえん)致すこともありんすよりのう。
基礎は、わらし、出来らばわらし芯が渡世になるがは、当然であるとは、存じまする。とはいえ両名は、愛し合りて祝言したでござるとでござるで候ね?ゆえにこそ、たまには、両名が刻限をば作りて、ゆるりとお互ゐがこであるとをば思ゐ遣るこであると、、とこしえに恭悦至極な仲がで候ゐ夫婦(めおと)仲柄をば保つごとく致すこと、大事何故でござるはござらぬでござろうか?わらしが自立魂をば育てる意味とはいえ、ここは、思ゐ斬って、両親や信頼出来る輩にわらしをば預けて、両名にてお出やけし、思ゐ人同士に戻りてらぶらぶするでござる刻限をば作りて参上するが、必定であると存じまする。